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changes in the garden [path-art]

なかね1.png なかね2.png
なかね3.pngポートレイトとか風景は変わらずに撮り続けていたそうですが、以前お話しを伺った後にテーマを絞り、
最終的には借りて住んでいた木村宅の庭にテーマを絞ったそう。
鶴居は都会と原野みたいなものの中間みたい。
村そのものが原野の中にポツンと本当の街という感じがしたと。
その様なところに生えている植物が一年間あるのは面白いなと思ったのがきっかけだったそうです。
さらに、植生が微妙に東京などとは違い、それも面白いと思ったと。
また、庭がどんどん変化していく姿が興味深かったとおっしゃっていました。

「鶴居はもっと田舎だと思っていたんです。でも会う人会う人がすごく都会的、意識が変わらない。
それが少し不思議でもあったし、面白くもありました。それと北海道の人はすごく穏やかだと思いました。
暮らしていて安心できるとか、ホッとできるというか、リラックスして生活できましたね。」

鶴居の魅力はなんでもないところ、普通なところ。
なかなかありそうでない場所。実際には、生活してこんなにゆったりのんびり暮らしているところってあまりないと思うと。

自然の中に入っていって、本当のワイルドな感じが、昔からのそのままの状態というのが魅力的。
特にこれといったエピソードはないかな・・・とおっしゃりつつ思い出した様に語っていただいたのが・・・
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「鶴居村で展覧会を開催したんです。移住写真家3人で企画して。鶴居村で撮られた写真をお借りして・・多分鶴居村の歴史が全部あると思われます。300枚位モノクロの写真を並べました。
僕らの写真だけではなく、写真をみるということを楽しんでもらえればと思って企画したのです。
それがすごく評判が良く、一番記憶に残っていますね。
100年近くの記録。時間が経ったものを捨ててしまうということも数多くあるじゃないですか。
でも写真はそうではなく、全然縁のない人のものでも、100年前の写真はすごく魅力的。
それまで村人とほとんど接点がなかったけれど、みんな長時間、本当に楽しそうに見てくれました。ホント来て良かった。」

夏の庭、すごい勢いのグリーン。雑草が大半だけど。雨が降った時にそこに小さなスズメがびしょびしょに濡れていたのを夜に撮影したそう。
他に、吹雪の日にストロボで空に向かって撮ったものなど・・・そんな感じがお気に入り。
他にも枯れた雑草が面白いなと感じたり・・・。

商業カメラマンをずっと長い間なさって来て、ちょうど一段落する時期に鶴居での滞在。ある意味総仕上げみたいな感じだったそうです。
休息でもあり、今までの振り返りの時間でもあり、これからどうしようかと考える時間でもあり、すごく穏やかで良い所で過ごせた感じと締めくくって下さいました。

※尚、写真は 、ART IN RESIDENCE at TSURUI,AKAN PROJECT 2018.3~2019.2 移住写真家の一人 中根静男氏からお借りしました。

2019.0208 O.A 釧路市こども遊学館 角田学芸員 「人間はどうして飛べない?」 [motto museum]

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昔から人は鳥の様に空を飛ぶことに憧れを抱いてきました。どうして鳥の様に飛べないのでしょう?羽がないから・・・と子供も答えます。ただ、それだけではないのです。鳥には竜骨突起というものが胸のところにあります。平らな板の様に見えるのですが、上からみるとちょうどTの字に見えます。ここに厚い筋肉が付いていて、それが羽と繋がっています。ここにつく肉がササミや胸肉と呼ばれます。これが人間にはないのです。ダチョウやエミューにもないそうです。彼らは飛ばないので必要がないということ。飛ばない鳥といえば、ペンギンもいますが、彼らは海の中をある意味飛んでいるので必要と。他に飛ばない鳥にニワトリもいます。これは胸肉が取れないと品種としての価値がないのです。いわば人間に改良されてできた鳥と言えるかもしれません。次に飛べない理由として人間は重すぎるのです。例えば大型の鳥類として有名なオオワシ。翼を広げた大きさは2mを超えるほどですが、体重は5〜6kg位。実は骨がスカスカなのです。実際に海で拾った鳥の骨をスタジオにお持ち下さったのですが、骨の中は空洞でした。この様な理由で人間は空を飛ぶ事ができないのです。もしも、色々な問題をクリアして飛べたとします。ところが、おそらく心肺機能がついていかないと角田氏。鳥は肺機能が素晴らしく、呼吸の効率化のために、肺の前後に気嚢を持っているそう。人間は息を吐いても古い空気が肺の中に残るので交換効率が悪いそう。その点鳥たちは気嚢があるので、肺の中は全部新しい空気に変わるのだそうです。羽、重さ、竜骨突飛、そして酸素と二酸化炭素の交換効率。どう考えてみても、人間は飛べないということに相成りました。
http://kodomoyugakukan.jp/

2019.0207 O.A BAND [chord5]

・Cross Road / Mr.Children
・Innocent World / Mr.Children
・Tomorrow Never Knows / Mr.Children
・シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜 / Mr.Children
・終わりなき旅 / Mr.Children
~今回のバンド編、Mr.Children特集です。
セレクトは河口氏。今回の出演は、河口氏&midoriでお送りします。

2019.0207 O.A 「北斗市丸ごと探検?!」 [various story]

土居 功さん(JP01編集長)
https://jp01.jp/

今回は北斗市に出張中の土居氏にお話しを伺いました。
実はJP01で北斗市単独の号が3月中旬くらいに出版されるとのことで、その取材に行かれていたのです。
北斗市は旧上磯町と旧大野町が合併して誕生した市です。
函館の隣町、今では新幹線の駅として有名になりました。ところが調べると出てくる出てくる色々な話題。
まずは、北海道新幹線の開業に合わせて開業した「道南いさりび鉄道」。
沿線にはトラピスト修道院などの観光地が多く、車窓からは津軽海峡が見られるそうです。
単なる移動手段ではなく、充実した鉄道旅を楽しめるということで評判のようです。
特にシーズンになると車窓から見える漁火が素晴らしいとのこと。いさりび鉄道には12の駅があり、そのうち7つの駅が北斗市にあるそう。
そして、有名なトラピスト修道院。
さらに北斗市からみる函館の夜景も綺麗とのこと。手前に海が見えて、奥に広がる函館の街。
それから、セメント工場。実は東洋No.1のセメント工場なのだとか。
アメリカ合衆国の鉱山学者で、お雇い外国人として日本に招かれた一人のライマン。彼は地質を研究し、ここに石灰石があることを発見しました。
明治後期に入ってコンクリート建築が始まり、そこに大きく貢献したのです。
また、食べ物ではマルメロなどの果樹園があり、有名なのだそう。マルメロは西洋かりん。果実酒やジャムなどに加工して楽しまれているそうです。
他に、芳香剤代わりに車に入れたり、お風呂に入れ「マルメロ風呂」にするのも北斗市ならではと・・・。
まだまだ魅力あふれる北斗市。取材することが多く、ターゲットを絞るのが難しそうですね。
どの街でもそうですが、まだメディアで扱われていない素晴らしいものがたくさん埋れている・・・そう感じた土居氏なのでした。

it is to draw to live [path-art]

「深井克美 未完のランナー」ミュージアム新?.jpg 深井 2時37分.jpg 深井 オリオン_1977.jpg
北海道立近代美術館で始まった深井克美展。今回は深井克美についての本(深井克美―未完のランナー)を出版なさった柴氏のお話しです。
彼は以前北海道立釧路芸術館にいらっしゃり、現在は小川原脩記念美術館の館長をなさっています。

深井克美は函館生まれ。病気やコンプレックス等の悩みや葛藤を抱えていたそうですが、彼は30歳で自殺するまで描き続けました。
一見するとグロテスクに見える作品ですが、細部に渡ってしっかり見るとどの作品も胸を打つと。
色がとても綺麗で、繊細な筆跡が目につきます。とても丁寧に描かれています。
特に柴氏がおっしゃっていたのは「バラード」という作品。背景が点で細かく描かれていて、綺麗な女性の顔が背景と同化していく・・・。
まさしく彼にとって描くことは生きること。
描き続け燃え尽きた人生だったのでしょう。
柴氏曰く「とにかく何度も作品展に足を運んでほしいです。彼の作品は一度に何枚も見ることはできないかもしれません。
1点1点の作品、絵と対話をしてほしいのです。」
彼の描いたものは生きているもの。人間なのか?怪物なのか?とにかく生きているもの、生き物、生命体です。
彼は何を感じて何を伝えたかったのか?理解して欲しかったのか?訴えたかったのか?
今となっては知る由もありませんが、「生きる」ということ
そして、「人間」というものと真摯に向き合ったのだということは、私の心に確実に届きました。
深井 バラード 1973.jpg 深井 彼岸へ 1973.jpg 深井克美 ランナー(未完)1978.jpg
※尚、写真は柴勤氏からお借りしました。
(深井克美展は3/21まで北海道立近代美術館で開催中)

2019.0201 O.A 釧路市立博物館 城石学芸員 「イリリプとハイ」 [motto museum]

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スタジオに何やら枯れた植物の茎と思われるものと、織り機で織られたものをお持ちくださった城石氏。今回はイラクサのお話しです。そもそもイラクサとは、この周辺でもたくさん見ることのできる植物です。主に多いのはエゾイラクサ。そしてスタジオにお持ちくださったムカゴイラクサ。アイヌ語ではエゾイラクサはイリリプとかモセと呼ばれ、ムカゴイラクサはハイと呼ばれていたそうです。イラクサの仲間はたくさん。いずれにも植物全体にトゲがあります。トゲにはギ酸を含まれていて、トゲ自体もシリカという一種のガラス針で、皮膚の中で砕けるそう。その為にトゲに触れると非常に痛く、しかもその痛みがしばらく続くのです。ですから加工するには植物が枯れる時期、トゲがとれた冬のはじめ頃に採集し、それを湿らせて皮を剥ぐのです。そして中身は捨て、外側の皮の内側だけを使うのです。それを撚るとイラクサから糸が作れるということ。エゾイラクサは大きく、茎も太いので主に丈夫な縄を作る材料として、またムカゴイラクサはエゾイラクサよりも小さく繊細な感じで着物の刺繍糸や縫い糸として使われたそう。このイラクサから作られた繊維を弓の弦、荷縄、狩猟用の矢筒、衣服などに利用したのです。以前、ワークショップで作られたイラクサの繊維を使い小さな壁掛け?を拝見したところ、イラクサの繊維はモスグリーン、グリーンとグレイが混ざった様な色をしていました。自然の色、優しい色です。衣服として着用したらゴワゴワした感じなのかな?と思ったのですが、意外にも柔らかいそうです。アイヌの方々がその繊維を利用して生活していた姿を想像しながらイラクサをじっくり観察したくなりました。
https://www.city.kushiro.lg.jp/museum/

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